多様な部下一人ひとりの「強み」を見つけ、育成に繋げるコーチング
現代の部下育成における「多様性」と「強み」の重要性
長年の管理職経験をお持ちの皆様にとって、部下育成は常に重要なミッションであると同時に、その難しさは時代とともに変化していると感じられているかもしれません。特に近年、働き方や価値観が多様化し、これまでの画一的な育成手法では対応が難しくなってきています。ベテラン社員から年上の部下、あるいは新世代のメンバーまで、一人ひとりが異なる背景や経験、そして「強み」を持っています。
こうした多様な部下を育成する上で、彼/彼女らの「弱み」を克服させること以上に、「強み」を見つけ出し、それを最大限に活かすアプローチが注目されています。なぜなら、人が最も成長を実感し、組織に貢献できるのは、自身の強みを活かしている時だからです。コーチングは、この「強み」を引き出し、育成に繋げるための非常に有効な手段となります。
本記事では、多様な部下一人ひとりの強みを見つけ、それを育成に繋げるためのコーチングにおける視点と具体的なアプローチについて解説いたします。
なぜ多様な部下の「強み」に注目すべきか
従来の部下育成では、求められるスキルや知識の標準に満たない部分(=弱み)を補強することに重点が置かれる傾向がありました。もちろん、弱みを改善することも必要ですが、そこに終始すると、部下のモチベーションが低下したり、成長の実感が得られにくくなったりすることがあります。
一方、「強み」に焦点を当てることには、以下のような利点があります。
- モチベーションとエンゲージメントの向上: 人は自分の得意なこと、情熱を持てることに関連する活動に取り組む際に、より高い意欲と集中力を発揮します。強みを活かす機会を提供することは、部下の仕事への満足度と組織への貢献意欲を高めます。
- パフォーマンスの最大化: 弱みを平均レベルにするよりも、強みを卓越したレベルに引き上げる方が、組織全体のパフォーマンス向上に大きく寄与することが少なくありません。
- 自律性と主体性の促進: 自身の強みを認識し、それをどう活かせるかを考えるプロセスは、部下自身の自己理解を深め、主体的なキャリア形成や業務遂行を促します。
- 多様性の尊重と活用: チーム内の多様な強みを認識し、組み合わせることで、一人では成し得ない革新的なアイデアや解決策が生まれやすくなります。
特に経験豊富な管理職の皆様が向き合うベテラン社員や年上部下に対して、弱み指摘だけでは反発を招く可能性がありますが、その豊富な経験の中から「どのような強み」があるかに着目し、それを今後どう活かせるかをコーチングの視点で問いかけることは、建設的な関係構築に繋がりやすいアプローチと言えるでしょう。
多様な部下の「強み」を見つけるためのコーチングスキル
部下自身の「強み」は、必ずしも本人が完全に自覚しているとは限りません。コーチングを通じて、管理職は部下の潜在的な強みを発見し、本人に気づきを与え、それを認識させる役割を担います。そのために活用できる主要なコーチングスキルをいくつかご紹介します。
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「傾聴」:表面的な言動の奥にあるものに耳を澄ませる 単に部下の話を聞くだけではなく、その言葉の選び方、声のトーン、表情、話しぶり、そして「話されていないこと」にも注意を払います。どのような時に活き活きとしているか、何に情熱を感じているか、どのような経験に達成感や喜びを感じているかなど、本人の価値観や内面にあるものを理解しようと努めます。特に多様な背景を持つ部下の場合、固定観念を持たずに、その人固有の視点や考え方を深く理解しようとする姿勢が重要です。
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「質問」:経験や内面に光を当てる問いかけ 部下の過去の成功体験や、困難を乗り越えた経験について具体的に質問します。「これまでのキャリアで、最もやりがいを感じたのはどのような時ですか?」「あのプロジェクトが成功した要因は何だと思いますか?その中で、特にあなたが貢献した部分はどのようなことでしたか?」「苦手だと思っていたことでも、意外と上手くできた経験はありますか?それはなぜだと思いますか?」といった質問は、部下自身が自身の強みや得意なパターンを振り返り、言語化する手助けとなります。
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「観察」:言動の端々から強さの兆候を見つける 会議での発言、同僚との関わり、特定の業務への取り組み方など、日常の様々な場面で部下の言動を注意深く観察します。どのような場面で自然とリーダーシップを発揮しているか、難しい問題に対してどのようなアプローチをとるか、他人からどのようなことで頼られているかなど、本人が意識していない強みが見つかることがあります。例えば、特定の分野に関する質問がよく集まる、困難な状況でも粘り強く取り組む、チームの潤滑油となっているなど、様々な形で強さは現れます。
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「フィードバック」:見つけた強みを具体的に伝える 観察や対話を通じて発見した部下の強みを、具体的な行動や事実を基に本人に伝えます。「〇〇さんの、難しい課題に対しても粘り強く情報収集を続ける姿勢は、チームの大きな強みになっています」「先日の顧客との交渉で、相手の立場に寄り添いながらも、こちらの要求をしっかりと伝える〇〇さんのコミュニケーション能力は素晴らしいと感じました」のように、抽象的な褒め言葉ではなく、具体的なエピソードを添えることで、部下は自身の強みをより深く認識することができます。年上部下や経験豊富な部下に対しても、彼/彼女らの経験の中から発揮された強みを具体的にフィードバックすることは、尊敬の念を示すと共に、更なる成長への動機付けとなります。
見つけた「強み」を育成に繋げるアプローチ
部下が自身の強みを認識したら、それを実際の業務やキャリア形成にどう活かしていくかを共に考えていきます。
- 目標設定への組み込み: 今後の業務目標の中に、自身の強みを特定の形で活用する、あるいは更に伸ばすという視点を組み込みます。例えば、「分析力」が強みであれば、「市場データを分析し、新たな営業戦略の提案に繋げる」といった目標設定が考えられます。
- ストレッチアサインメント: 部下の強みを活かしつつ、少し難易度の高い、挑戦的な業務を任せることを検討します。これは、強みをさらに磨き、自信を高める絶好の機会となります。年上部下やベテラン社員に対しては、その知識や経験を活かせる、より高度な専門業務や後進指導などを任せることも有効です。
- 定期的な対話と承認: 強みを活かして業務に取り組むプロセスについて定期的に対話を行い、その成果や貢献を具体的に承認します。上手くいった点、さらに伸ばせそうな点などを共に振り返り、成長をサポートします。
- 失敗からの学び: たとえ業務が計画通りに進まなかったとしても、その経験から何を学べたか、自身の強みをどのように活かせたか(あるいは、どのように活かせば状況が改善されたか)といった視点で振り返りを促します。失敗経験も、強みをより深く理解し、応用するための学びの機会となります。
注意点と配慮
強みに焦点を当てることは重要ですが、以下の点に留意が必要です。
- 画一的なアプローチの回避: 「強み育成」という言葉に囚われすぎず、部下一人ひとりの個性や状況に合わせて、アプローチを柔軟に変える必要があります。すべての部下が同じように強み診断を受けたいわけではありませんし、弱みにも目を向けたいと考える部下もいます。
- 弱みへの言及のバランス: 強み育成に重点を置くとしても、業務遂行上避けて通れない弱みについては、改善に向けた建設的なフィードバックやサポートも必要です。ただし、その際も、弱みそのものを非難するのではなく、「この目標を達成するためには、〇〇というスキル/知識が必要になるかもしれません。どうすれば習得できるか一緒に考えましょう」のように、あくまで目標達成の観点からアプローチすることが望ましいでしょう。
- ハラスメントリスクへの配慮: 強みに関する対話であっても、個人の内面に深く踏み込みすぎたり、価値観を否定したりするような言動は避けなければなりません。あくまで「業務成果やキャリア形成」という文脈で、部下の同意と信頼関係のもとで進めることが大前提です。プライベートに関わることや、本人が話したがらない話題に無理に触れることは避けるべきです。
まとめ
現代の多様な部下を育成するためには、一人ひとりが持つ独自の「強み」に着目し、それを引き出し、業務やキャリアに活かすコーチングの視点が不可欠です。経験豊富な管理職の皆様が培ってこられた部下との信頼関係を基盤に、今回ご紹介した傾聴、質問、観察、フィードバックといったスキルを駆使することで、部下は自身の潜在能力に気づき、より高いモチベーションを持って業務に取り組み、組織への貢献を高めることが期待できます。
多様性は、適切にマネジメントされれば組織の大きな力となります。部下一人ひとりの強みを理解し、それを育むことは、変化の激しい時代において組織が成長し続けるための鍵となるでしょう。動画コンテンツなども参考に、ぜひ日々の部下育成にコーチングの視点を取り入れていただければ幸いです。