指示から問いかけへ:経験豊富な部下の主体性を引き出すコーチング質問術
現代のビジネス環境において、部下や後輩の育成は、単に業務を教え込むだけでは完結しない、より多角的で高度なスキルが求められるようになりました。特に、長年の経験を持つベテラン社員や、多様な価値観を持つ部下を育成する際には、一方的な指示命令だけでは彼らのポテンシャルを最大限に引き出すことは困難です。
本記事では、管理職の皆様が直面するこのような課題に対し、「質問型コーチング」がいかに有効であるか、その原則と具体的な実践方法について解説いたします。部下の主体性を尊重し、自ら考え行動する力を育むことで、組織全体の成果向上と個人の成長を両両立させる道筋を探ります。
なぜ、今「質問型コーチング」が求められるのか
経験豊富な管理職の皆様であれば、部下への指示や指導には慣れていることと存じます。しかし、現代の部下育成においては、従来の指示命令型のマネジメントだけでは限界が生じているのが実情です。
- 経験豊富な部下のエンゲージメント向上: ベテラン社員は、自身の経験や知識に裏打ちされた独自の視点を持っています。一方的な指示では、彼らの自律性を損ない、モチベーション低下に繋がりかねません。質問型コーチングは、彼らの内発的な動機を引き出し、主体的に業務に取り組む姿勢を育みます。
- 多様な価値観への対応: 現代の職場には、世代やキャリア、背景の異なる多様な人材が集まっています。個々の価値観や目標を尊重し、それぞれに合った育成アプローチを模索するには、対話を通じて相手を深く理解する姿勢が不可欠です。質問は、その理解を深めるための強力なツールとなります。
- ハラスメントリスクへの配慮: 指示命令が過度になると、パワーハラスメントと受け取られるリスクも考慮しなければなりません。質問を主体とした対話は、部下の意見を傾聴し、共に解決策を模索する共同作業の姿勢を示すため、ハラスメントリスクの低減にも繋がります。
これらの背景から、部下育成における「質問力」の向上は、管理職の皆様にとって喫緊の課題であり、同時に強力な武器となり得るのです。
部下の主体性を引き出す質問の原則
効果的な質問型コーチングには、いくつかの原則があります。これらを意識することで、部下からのより深い思考と具体的な行動を引き出すことができます。
- オープンクエスチョンの活用:
- 「はい」「いいえ」で答えられるクローズドクエスチョンではなく、「なぜ」「どのように」「何を」「いつ」「どこで」「誰が」といった5W1Hを意識したオープンクエスチョンを使用します。これにより、部下は自由に思考を巡らせ、自身の言葉で考えを表現する機会を得られます。
- 未来志向・解決志向の問い:
- 過去の失敗を責めるような質問ではなく、今後の行動や解決策に焦点を当てた問いかけをします。「どうしてできなかったのか」ではなく、「次からどうすれば改善できるか」「この状況を好転させるために、次に何を試しますか」といった未来に向けた問いかけが有効です。
- 「なぜ」を避ける問いかけ:
- 「なぜ〜しなかったのですか」という問いは、尋問されているように感じさせ、部下を委縮させてしまう可能性があります。「なぜ」の代わりに、「〇〇さんの視点から、この状況についてどのように考えていますか」「この結果に至った背景について、どのような要素があったとお考えですか」のように表現を工夫することで、対話的な雰囲気を保てます。
- 具体性を促す問い:
- 部下の回答が抽象的である場合、「具体的にはどのような状況ですか」「例えばどのような場面でそう感じましたか」「その目標を達成するために、最初の一歩として何をしますか」といった質問で、思考を深掘りし、具体的な行動計画へと繋げます。
実践!具体的な質問フレーズとケーススタディ
ここでは、具体的な状況に応じた質問フレーズとその効果についてご紹介します。
ケース1:目標設定・課題解決時
部下が自身で目標設定や課題解決策を考えることを促す場面です。
- 目標達成に向けての認識を問う:
- 「この目標達成のために、〇〇さんは何を最も重要だと考えますか?」
- 「目標達成のイメージをより具体的にするために、どのような情報が必要だと感じますか?」
- 課題へのアプローチを促す:
- 「現状の課題に対し、〇〇さんはどのようなアプローチが考えられますか?」
- 「複数の選択肢がある中で、優先順位をつけるとしたら、どのような基準で判断しますか?」
- 困難を想定し、対策を促す:
- 「もしこのプロセスで困難が生じたら、どのように乗り越えたいですか?」「どのようなサポートが必要になりそうでしょうか?」
ケース2:年上部下へのフィードバック・助言時(ハラスメント配慮)
年上部下へのデリケートなフィードバックや、彼らの豊富な経験を引き出す場面です。
- 経験と知見の尊重を示す:
- 「〇〇さんの豊富な経験から見て、この状況をどう評価されますか?」
- 「この件について、〇〇さんの視点から何か気づいた点はありますか?」
- 改善点や提案を引き出す:
- 「〇〇さんのこれまでのご経験を踏まえ、さらに効果を出すために、他にどのような工夫が考えられるでしょうか?」
- 「もし改善点があるとすれば、どのような点に着目し、どうアプローチしたいとお考えですか?」
ケース3:キャリア・成長支援時
部下のキャリア形成やスキルアップを支援する場面です。
- 内発的な動機を引き出す:
- 「これからどんなスキルや経験を身につけていきたいですか?」「そのスキルは、〇〇さんにとってどのような意味を持ちますか?」
- 「〇〇さんの強みは、このプロジェクトでどのように活かせそうでしょうか?どのように貢献したいですか?」
- 挑戦を促し、成長を支援する:
- 「今後、さらに成長するために、〇〇さんが挑戦したいことは何でしょう?」
- 「その挑戦に向けて、最初の一歩として何から始めたいですか?」
質問型コーチングを深めるための心構え
質問型コーチングを単なるテクニックに終わらせず、真に効果的なものにするためには、管理職自身の心構えも重要です。
- 傾聴の重要性: 部下の言葉だけでなく、その背後にある感情や意図までをも理解しようと努める「アクティブリスニング」が基盤となります。相手の言葉を遮らず、共感を示しながら注意深く耳を傾けることで、部下は安心して本音を語れるようになります。
- 信頼関係の構築: 部下が安心して自分の考えや悩みを話せるような、心理的に安全な環境を構築することが不可欠です。日頃からのコミュニケーションを通じて、部下との間に信頼関係を築くことを意識してください。
- 忍耐力: 質問型コーチングは、即効性のある指示とは異なり、部下自身が思考し、答えを見つけるプロセスを支援するものです。すぐに答えが出なくても焦らず、部下のペースに合わせて見守る忍耐力が求められます。
まとめ
指示命令型のマネジメントから「質問型コーチング」への移行は、現代の管理職にとって不可欠なスキルとなりつつあります。経験豊富な部下の主体性を引き出し、多様な価値観を尊重し、ハラスメントリスクを軽減しながら組織全体の成果に繋げるためには、質問を通じて対話の質を高めることが重要です。
本記事でご紹介した質問の原則と具体的なフレーズを参考に、ぜひ日々の部下育成において実践してみてください。管理職の皆様が質問型コーチングを習得することは、部下の成長だけでなく、ご自身のマネジメントスキル向上、ひいては組織全体の活性化に貢献することでしょう。